経営企画として、社内全体を見渡す立場に
- 溝渕
- 渡邊社長は文系のご出身とお聞きしています。東京の大学で文系学部を卒業された渡邊社長が、どうして地元のメーカーである四国化成工業に入社しようと思われたのですか?
- 渡邊
- 実は高校では理系だったんです。しかし数学が苦手で、文系に転向。大学では文学部に籍を置いた、バリバリの文系です。話し声がよく通るとおだてられ、アナウンサーを志したこともあったのですが、やはり壁は高かったです。
進路を迷っていた頃、広告代理店に勤めていた叔父から「四国化成という会社がある」と教えてもらったのが、最初のきっかけです。当時、四国化成は建材事業をスタートさせて間もない頃でした。「製品はしっかりしているが、広報のやり方が分からず認知が広がっていない。そういう方面の仕事が増えるかもしれないぞ」と。
そんな状況なら、文系出身の自分にも何かできることがあるかもしれない、と考えて興味を持ち、入社を決めました。
- 溝渕
- 入社してからは広報の仕事をご担当されたのですか?
- 渡邊
- 建材事業の広告宣伝部門に配属されました。今、当社の建材カタログは2,000ページにもなっていますが、私の入社当時はまだ60ページしかなかった頃です。年々、製品が増えていくので、製品写真を撮影してカタログを更新して…という作業に従事していました。
広宣を5~6年担当した後は、物流購買部門や秘書課を経て、経営企画室に異動しました。 - 加地
- 経営企画は投資家向け広報のIRや中期経営計画(※中計)の策定も担当します。広宣や秘書など、それまでのキャリアが大いに活かせる部門ですね。
- 渡邊
- 正直、私はそれまで、会社の全体像に目を向けたことはありませんでした。IRでは機関投資家の取材を受けたりもしますが、ほとんどの場合、事業の説明から始まります。特に化学品事業は専門的で分かりづらい製品が多いので、まずは自分が理解していないと答えられません。R&Dセンターに行って各製品について教えてもらったり、個々の事業計画策定に参画したりして、不足していた化学品事業の様々な知識を蓄えていった、という感じです。
トップからは「中計も意味あるものにしたいので、しっかり立て直してほしい」と言われていたので、必死でした。結局、中計の策定には4度関わりました。 - 加地
- 経営企画として重視されたのはどんなことですか?
- 渡邊
- 私自身は営業経験もないし、技術が分かっているわけでもない。自分一人でできることなんて、ほとんど何もないんです。そんな私にできるのは、研究開発や生産技術、あるいは営業の社員が一生懸命仕事ができるよう、周辺環境を整備することくらいしかありません。経営目線で言えば、企業が市場や社会から信頼を得るには、確固たる事業戦略があり、長期的視野に立った製品づくりをしていることが重要です。そういった部分を影から支えようと思った。それが中計だったり、IRだったわけです。
その中計だって、私一人では作れません。それぞれの部門のスペシャリストが集まり、自分たちの事業をどう発展させようとしているのか、現場の立場から発信してもらわないとどうにもなりません。
一方、経営企画が単なる集計屋になってもうまくいきません。各部門の意見を聞きながら、経営との整合性を持たせ、戦略やビジョンを形にしていかないといけない。もしかすると、そういう意味では文学部出身という私の属性が役立ったのではないか、という気もします。多くの意思をつなぎつつ、意思を持って一つに集約していくのは、文系出身者の方が得意なのかもしれません。
ニーズが顕在化する前に、動き出なければいけない
- 溝渕
- 御社は2020年から、長期ビジョン「Challenge 1000」をスタートされておられます。これについての想いをお聞かせください。
- 渡邊
- 「Challenge 1000」は私が執行役員で経営企画室長だった頃に策定したものです。それまでは3年から5年スパンの中計でしたが、目先だけではなくもう少し先の、具体的には10年後の四国化成のありたい姿を見据え、そこから遡って事業計画をみんなで考えてみようと思って、プロジェクトを組みました。自分が手がけたという意味でも思い入れのあるビジョンなので、着実に進めていきたいと考えています。
- 加地
- 「Challenge 1000」のテーマとして最初に「独創力で、"一歩先行く提案"型企業へ」と掲げられています。ここが最も重視されるポイントですか?
- 渡邊
- 「独創力」は四国化成の変わらぬ経営理念です。当社が誕生したのは、二硫化炭素の革新的な製法を独自に開発したからですし、その後も独自の発想・技術によって画期的な製品を生み出すことで、成長を重ねてきました。会社の歴史の随所で「独創力」が当社のエンジンとなってきたのは、疑う余地のないところです。
しかし、この言葉を掲げ続ける本当の意味は、今の私たちに、先達が発揮したような独創力が本当にあるかどうかを、自ら厳しく問い続けることでしょう。独創力とは、具体的な行動の中で発揮されるものです。では私たちが実践すべき行動とは何かと、自問自答したわけです。そこで、"一歩先行く提案"との文言を付け加えました。お客様や市場に言われてから作り出すのでは、もう遅い。ニーズが顕在化する前から未来をリサーチし、一歩先に研究をスタートさせ、言われた時には「これですね」と出せるようにする。私たちの「独創力」とは、そういうものでないといけない、という思いをテーマに込めました。 - 溝渕
- お客様・株主・地域社会に、従業員を加えた「四方よし」の姿勢を打ち出された点も特徴的に感じます。
- 渡邊
- お客様・株主・地域を大切にすることは言うまでもないのですが、同等に大事なのが「人づくり」です。多様な働き方も含め、人間を尊重する会社でありたい。社長就任にあたっては、従業員ファーストでありたいと、明言しました。
大胆な権限委譲を進め、事業スピードを加速させる
- 加地
- 2023年には「ホールディングス化」という大きな動きがありました。四国化成工業の2大事業であった「化学品」と「建材」を分離し、それぞれ「四国化成工業株式会社」と「四国化成建材株式会社」という事業会社としてスタート。これらに間接業務を担う「四国化成コーポレートサービス株式会社」を加え、持株会社「四国化成ホールディングス株式会社」が全体を束ねる、という体制が始まったわけです。「Challenge 1000」執行中の大きな体制変更ですが、この狙いをお聞かせください。
- 渡邊
- ガバナンスの再構築、経営人財の育成強化などいくつかの目的があったのですが、最も重視したのは「大胆な権限委譲」です。「事業部長」と「事業会社の社長」では、一見同じようでも、権限も責任も大きく異なります。事業会社とすることで、権限委譲をいっそう進めようと考えたのです。
「化学品」「建材」の各事業を2つの事業会社に分社化したことで、事業推進のスピードは格段に上がりつつあります。ホールディングス体制となってまだ半年も経っていませんが、その変化の早さは肌に感じるほどです。
会社を分けたことで、経営に関わるポジションも増えました。ここに若手を登用しているため、若手の士気も上がっています。「次代を担う経営人財の育成」にも繋がっているわけです。
各事業会社とも、事業の幅を広げよう、新たな柱をつくろうという意欲も活発化しています。良い兆候だと思います。 - 加地
- 「Challenge 1000」の最終年度にあたる2030年に、売上高1,000億円を達成しようという高い目標を掲げておられます。その5%にあたる50億円は新規事業で、とも挙げられています。大変チャレンジングな数値ですが、その点でも、ホールディングス体制による各事業のスピード化はプラスに作用しそうですね。
- 渡邊
- 既存事業を磨き続けることは、もちろん第一です。成熟したと思われる技術分野でも、製法などの革新によって効率性や付加価値を高められるかもしれません。
加えて、新たな分野への取り組みが、成長には欠かせません。化学、建材の領域でも、取り組めるセグメントはまだたくさんあります。さらに、化学とも建材とも異なる、第3の柱が出てきてもいい頃です。
少しずつ芽吹きは生まれています。その一つが「パークレット」です。これは、道路空間を街の活性化に活用しようとする新しい取り組み「歩行者利便増進道路」(通称:ほこみち)制度(国道交通省)に呼応した製品で、デッキ材を土台に椅子や机を置いた仮設構造物です。歩道や公園に人のためのくつろぎの空間を作ったり、ちょっとした子どもの遊び場にしたりします。瀬戸内国際芸術祭には、現物協賛という形でパークレットを提供しました。試行錯誤の段階を経て、事業として本格化することを目指しています。 - 溝渕
- 「ウォッシュマニア」という洗濯槽クリーナーもリリースされました。これも新たな取り組みの一つでしょうか。
- 渡邊
- 「ウォッシュマニア」は、当社化学品事業初の一般消費者向け商品のブランドです。
コロナ禍になり、殺菌・消毒について世の中の注目度が高まりました。プール用殺菌消毒剤「ネオクロール」など塩素化イソシアヌル酸で業務用としての長年の実績を持つ当社には、殺菌・消毒・洗浄という分野の技術力・発想力が蓄積されています。それを一般消費財に落とし込み、オリジナルブランドで世の中に問いかけようと考えたのです。
また、世界を見渡せば、衛生的な飲料水にすらアクセスできない人たちもいます。そういう社会的課題の解決の一翼を担えないか、という思いもあります。自社ブランド商品はシリーズ化して、着実に育てていきたいですね。
多様な見方ができる人を四国に迎え入れ、“化学反応”させたい
- 加地
- 私たちは事業を通じ「四国ならではの働く価値」を発信していきたいと思っています。渡邊社長はその点について、どうお考えでしょうか。
- 渡邊
- 四国は人口減の進む課題先進地域ですが、元気がないわけではありません。四国に本拠を置きながらグローバル市場にチャレンジする企業もたくさんありますし、世界で確固たる地歩を築く会社も少なくありません。
四国化成グループもその一員です。プリント配線板向け防錆剤「タフエース」は、世界におけるプリント基板の約30%で使用されています。プリント基板がなければあらゆる電子機器・情報機器は作れないのですから、タフエースの果たす役割は非常に大きいと言えるでしょう。他にも、ラジアルタイヤ製造に必須の不溶性硫黄「ミュークロン」は、世界2位のシェアです。
「四国にいても活躍できない」というのは、思い込みに過ぎません。私たちも、四国に興味を持ってくれる人を、どんどん迎え入れたいと思います。
- 溝渕
- Uターン・Iターン人財の採用は積極的に行われているのですか。
- 渡邊
- 現在、当社の中途入社比率は4割に達します。全てがU・Iターン組というわけではないですが、四国以外から転職してくる人も大勢います。
私も、そうした「第三者の視点」を持っている人を、大いに歓迎します。やはり同じ地域・文化に馴染んだ人とばかり仕事していると、足りない部分を見落とすことがあります。私が建材事業部で広報宣伝活動を行なっていた若手の頃、ある中途採用の社員が入ってきました。従来は問屋から施工業者にモノが流れるルート営業が当たり前だったのが、彼は設計事務所へのPRに注力しようと提案したのです。設計事務所が設計図に使用製品を指定すると、施工業者は自然とその製品を使うようになります。特に公共事業などの大型物件では、その方が遥かに効率が良いのです。私たちに言わせれば“異端”だったそのPR手法を開拓し、花開かせたのは、中途社員でした。
いろんなものの見方をできる人間が混ざり合うことで、組織には活力が生まれます。そういった “化学反応”を起こすためにも、ぜひ多くの人に四国にやってきてほしいですね。それが当社の成長の原動力となり、ひいては地域全体を活性化するのではないでしょうか。 - 加地
- 東京の文学部で学んだ人が、畑違いのメーカーに入社し、広宣から経営企画へと会社全体を見渡すキャリアを積んでいく。そして全体最適とは何かを学んだ上で、今度はトップとしてメーカーの舵取りを行なう。考えてみれば渡邊社長のようなキャリアの積み方ができるのも、地方にあるメーカーならではの懐の深さと言えるのかもしれません。
本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
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当社が運営する転職支援サイト「リージョナルキャリア」にて、四国化成ホールディングス(株)代表取締役社長 渡邊充範氏の取材記事を掲載しております。併せてご覧ください。
渡邊 充範
四国化成ホールディングス(株) 代表取締役社長
1957年生まれ。1980年、中央大学の文学部を卒業後、四国化成工業に入社。建材事業の広告宣伝課、物流購買課、秘書課を経て経営企画室に配属。中期経営計画の策定を4度担当する。2002年、経営企画室長に就任。その後、取締役執行役員、取締役常務執行役員などを歴任。2020年にスタートした長期ビジョン「Challenge 1000」の策定にも深く関わる。2023年、持株会社体制に移行と同時に、四国化成ホールディングスの代表取締役社長に就任。
加地 盛泰
(株)リージェント 代表取締役会長
愛媛県四国中央市出身。専修大学法学部を卒業後、大手旅行会社の勤務を経て、東京から四国へUターン。株式会社中四国リクルート企画(リクルートグループ)に入社し、以来、新卒・中途採用、社員教育、組織活性などHRM領域全般に従事。2006年、株式会社リクルートに転籍。狭域HRカンパニーおよびHRカンパニー地域活性営業部のゼネラルマネジャーを歴任し、2011年に同社を退職。2012年、株式会社リージェントを設立。現在は、候補者向けの転職コンサルティング、企業向けの採用コンサルティング、人材育成トレーニング、人事制度などの組織活性化支援などに携わっている。
溝渕 愛子
(株)リージェント チーフコンサルタント
高知県高知市出身。大学卒業後、総合リース会社に就職。地元の高知支店に配属されリース営業に従事。その後、大阪に転居し、株式会社リクルートに入社。HRカンパニー関西営業部の新卒・キャリア採用領域で企業の採用活動をサポート。また、派遣領域では関西・中四国エリアの派遣会社への渉外業務に従事。四国へのUターンを決意してリクルートを退職。香川県の人材サービス企業に転職し、管理部門にて、社員の労務管理、新卒採用活動に従事。その後、株式会社リージェントに入社。今ハマっているのは、限られた自由な時間を有意義に過ごすこと。1日にジャンルの異なる数冊の本を、少しずつ読むことを楽しんでいる。