UFJ、リクルート、阪大、サイボウズ、そして…
- 佐々木
- 早速ですが、林さんのご経歴からお聞きしていきたいのですが、林さんはもともと弁護士を目指されていたんですね。
- 林
- 大学を卒業し、3回司法試験に挑戦しましたが、駄目でした。それで法律系の大学院に入り直し、改めて就活を行うことにしたんです。司法試験で3年、大学院で2年、合計5年遅れて社会に出るわけですから、専門性で勝負するしかないと、就活では法律を活かせる会社ばかり探していました。UFJ銀行に入ったのも、金融に興味があったというより「M&A部門では法律をめちゃくちゃ使う」と誘われたからです。
入行して、希望通りM&A担当の部署に配属されました。希望すれば誰でもなれる部署、というわけではないので、とても恵まれているなと思ったのですが、結局、1年半で退社しました。 - 佐々木
- 希望通りの配属でしかも出世コースという印象ですが、なぜ転職を考えたんですか?
- 林
- 仕事を進める中で自分の意見を伝えた時に、「あなたの意見は求めていない」と言われ、上司に「一人前になって、自分なりの意見が言えるようになるまで、どれくらいかかりますか」と尋ねたら「8年」と言われたんです。私が22,3歳なら、確かにこれ以上ない環境だったでしょう。しかし5年遅れの私が研修を終えて現場に出た時には既に30歳手前でしたから、そこから一人前になるまで8年をかけていていいのか、と疑問を覚えて。言いたいことを自由に言えない風土で過ごす8年は、20代なら我慢できても、30代にはつらいんじゃないかと思った。ちょうどその頃、リクルートの中途採用を知りましてね。事業スピードが早くて変化が激しいと評判の会社なら、化学反応的に一気に成長できるかもしれないと考え、転職しました。
- 佐々木
- 成長スピードを求めての転職だったんですね。リクルートでは、どんな経験をされましたか?
- 林
- 一言で言えば「がむしゃらに基礎体力を培った日々」でしょうか。専門は法務でしたが、銀行出身なら数字が得意なはずというイメージから、主に経営管理の仕事を担当することになりました。仕事の物量がすごすぎて面食らいましたが、自分の仕事が遅れると経営会議に間に合わず、全部署のマネージャーに迷惑をかけたりするので、手は抜けなかったですね。プレッシャーを感じながら、息つく暇もなく事業計画書を作っていました。しかしそこで、経営管理のイロハを徹底的に学んだことが、私の土台を作ってくれたと感じます。現職のサイボウズでも、この土台が役立っています。
- 佐々木
- 心理学者のクランボルツは「計画的偶発性」、つまり「予期せぬ場所でも、行動や努力によって新たなキャリアが獲得できる」と言っていますが、林さんはまさにそれを地で行っていますね。もともと法律という専門性がありながら、予期しないミッションでも新たなチャンスとしてものにされている。
- 林
- 一足飛びに何もかもうまくいったわけではありません。リクルートで最も忘れられないのは、リーマンショックの時です。右肩上がりだった業績が見る間に下がり始めました。トレンドを加味してシミュレーションしたら、自分の担当する事業部門が初の赤字になるという結果が出たんです。結果を見た事業部門の責任者である上司はすぐに営業と商品企画の全マネージャーを呼び寄せ「赤字を防げ。予算を見直せ」と指示しました。
その時、思ったんです「自分の役割はなんだろう」と。私は数字を集めてファクトを提示するだけで、その意味まで深く考えていなかった。しかし上司は数字を見てすぐさま全体の屋台骨であるこの事業部門で赤字を出すのは何としてでも避ける、という強い意思を固め、矢継ぎ早に部下に指示して問題の解決に動き出した。数字に自分の意志や価値観を込めることで、会社の動き方が変わる。だからこそ、数字には細心の注意を払わないといけない。自分はろくな意見もなく数字を数字として扱っていただけだった、と気付かされました。「自分の意見が言えないのが嫌で銀行を辞めたはずなのに、リクルートに来て、結局自分の意見が持ててないじゃないか」と。
その後も面白く仕事させてもらっていたのですが、同僚の成長スピードに比べ自分は伸び悩んでいるようにも感じていました。環境を変えてみてもいいかと思っていた頃、大阪大学特任准教授のオファーがあり、受けてみることにしました。 - 佐々木
- また大きな環境の変化ですね。
- 林
- 大学での仕事は、学校と企業をつなぐ仕事でそれはそれでとても充実した仕事ではあったのですが、リクルートでは膨大な仕事量を抱えていたのに、大学に来ると基本残業なしなので働き方は大きなギャップがありました。仕事が終わって寝るまで7時間近くあることが驚きでした。しかし、これがよかった。その時間を活用して自分がUFJやリクルートでやってきたことを、ゆっくり反芻する時間になったから。あの時、上司になぜあんなことを言われたんだろう?と思い返すことで「あれはこういう意味だったんだな」と気づけたんです。自分の経験を掘り返し、整理して血肉にするこの時間があったからこそ、もう一度民間企業の厳しい世界に乗り出そうと思えるようになった。そしてサイボウズに転職。現在に至ります。
- 佐々木
- 自分のキャリアを棚卸しして向き合う時間って、とても大事ですよね。
- 林
- むちゃくちゃ大事です。今もメンバーにはよく言うんです。自分の考えをまとめたり、棚卸しする時間がほしいと思ったらいつでも相談してくれ、と。もちろん私のチームの中で働く以上は期待もするし伸びてほしいと思うけど、それぞれのキャリアについては、各人でじっくり考えてほしいから。
テーマやミッションへの共感を重視
- 佐々木
- 林さんの場合、どの経験に焦点をあてても「働く」価値というテーマにつながっていきそうです。それほど多くの経験を重ねてこられた林さんは、「働く」価値をどのように捉えていますか?
- 林
- 働くことの目的は3つあると思っています。1つめは、生活に必要な報酬を得るためです。2つめは、自分を成長させるため。そして3つめは、人的ネットワークを構築する、言わば人間同士の信頼関係を構築するためです。
働くとは、言い換えると「労働力」を投資することです。目先のお金を得るためだけの投資もあるでしょう。しかしそれだけではその場しのぎに過ぎません。自分が時間をかけて能力を成長させたり、スキルを上げれば、より大きなリターンが得られます。またいろんな人とつながったり、協力しあえる関係が形成されると、それは投資機会を増やすことにつながります。
「今すぐの利益を得るため」「自己成長により、長期的に大きなリターンを得るため」「投資機会を増やしてリターンの確率を上げるため」という3つの目的でポートフォリオを組んで、働くことを考えるようにしています。
加えて、「自分が世の中に価値を提供できている、という実感が得られるかどうか」も大事だと思います。その点では、働く場や会社など、与えられる機会の一つひとつに自分が共感できるか、が重要ですね。 - 佐々木
- テーマやミッションへの共感ということですか。
- 林
- そうです。私がリージェントの顧問を受けたのも、“四国ならではの「働く」価値を創造する”という佐々木さんらの掲げたミッションに、僕なりに共感したからです。
- 佐々木
- 林さんは社会に出た当初からそういった、ポートフォリオで「働く」価値をとらえるような考え方をされていたんですか?
- 林
- 当初はそこまではなかったですね。やはりリクルートで圧倒的な仕事量にさらされ、ある程度基礎体力がついて、その後大学勤務の時に棚卸しして、再び民間企業に挑戦しようとサイボウズに入った頃からでしょうか。
覚悟を決めて動く人のサポート役でありたい
- 佐々木
- 「世の中への貢献」と考えた時、これから林さんが見据えるテーマは何なのでしょうか。
- 林
- 私は経営者タイプではないと思うんですよ。少なくとも今は。経営者として成功している人はみんな、最後の選択でエイヤッと決めて飛び込むような、覚悟を決めたアクションを起こしている。今の自分は、その覚悟を持てるまでになっている気がしません。
しかし、経営者が覚悟を決める判断をする際のサポートはできるんじゃないかと思っています。経営や事業の判断材料を事実に基づいて提供する、経営者のある種のひらめきや勘みたいなものをメンバーに理解してもらうため言語化する、構造化して整理する。そういった業務については自信もあるし、経営者を支えているというやりがいも感じます。 - 佐々木
- 「何かを実現したい」と自ら動く人のやりたいことに、自身の価値を重ねるということですか?
- 林
- 何かをやりたいと情熱を持った人がいる。その人の描くサービスによって、多くの人が喜ぶ。あるいは、サービスを作り上げる過程で、メンバーがそれぞれの専門性やこだわりを発揮して楽しんでいる。そういうことができるなら、私は積極的にサポートしたいですね。
会社というくくりで考えると、ある会社に属する人間が別の会社の運営するサービス構築に参画するのは難しいかもしれない。しかし、社会に価値あるサービスを楽しみながら作り上げるチームは、いろんなところに存在している。どういう仕組みであれば、それらのチームを支援できるのか、みたいなことを考えていきたいとも思います。副業という形になるのか、あるいはサポート専門のバックオフィスを立ち上げ、様々な会社とコラボするのか、やり方はいろいろあり得るんじゃないでしょうか。
四国から、時代の先を行くソリューションが生まれる
- 佐々木
- リージェントは、”四国ならではの「働く」価値を創造する”というミッションを掲げています。これについて、林さんは何を感じますか?
- 林
- 「ローカル」は、その地域の経済圏でビジネスしている間は良かったと思うんです。特に「人材」については。強い競争にさらされることもなく人が回っていたので、報酬なども地域の水準といったもので納得していたし、事業の利益もその報酬をカバーできる程度が出ていれば、ビジネスは成立していた。
しかしIT化、グローバル化により、地域を守っていた壁がどんどん崩れています。リモートワークによって都市圏の大企業で働く人が地方に住むようになると、事業のあり方も人材に対する報酬も「地域の水準」なんてものが通用しなくなります。厳しい競争の渦中で、残念ながら事業運営が難しくなる企業が増えていくことが考えられます。
そんな中でも、まっとうに生き残る価値を持った企業があるはずです。確かな技術やサービスがあるのに、その企業の責任とは言えない制約、特に人材面などが理由となって弱体化してしまうのは、社会の損失です。人材面が充足すれば世界で戦っていける、というポテンシャルを持った企業の発展をサポートすることに、私は大きな価値を感じますね。 - 佐々木
- 私も、四国には魅力的な会社がたくさんあるし、四国ならではの価値をもって発展していける会社を全力で支援したいと考えています。ですから、林さんのお考えにも深く共感します。
- 林
- 四国は少子高齢化で全国の10年、20年先を行く、課題先進圏とも言われます。それはすなわち、四国で今起こっていることは、本州や全国で10年後に起こる可能性が高いということであり、四国で見つかった課題の解決策は全国に先駆けたモデルケースになり得る、ということでもあります。事業における人材面の課題を克服できる処方箋のようなものを四国で作っておけば、やがて全国で発生する問題にも対応できる。時代の先を行くソリューションを生み出すという意味でも、四国はうってつけの地域なのではないでしょうか。
四国を基盤とした人材の最適化を仕掛けたい
- 佐々木
- 私もこれから、人の働き方や人々の求める「働く」価値は大きく変わっていくだろうと予測しています。そうした変容の中で、自分なりの「働く」価値を求める人々の要望に応え、そして企業の発展をサポートするには、「一企業」ではなく「四国」という枠組みでリソースやパワーの活用を考える視点が必要なのではないか、と思います。林さんに当社の顧問就任をお願いしたのも、そういったサービスの実現に力を貸してほしいからです。
- 林
- 副業解禁やリモートワークの浸透によって、人材の流動性は間違いなく高まっていきます。今までは「どこの会社に所属するか」だったが、今後は組織への所属を前提とするのではなく、この流動性を、四国の企業がうまく活用できる、仕組みが必要なんじゃないかと思います。正社員の形態で複数の企業に雇用されてもいいだろうし、一時的な出向がもっと柔軟になってもいい。
地域の信頼できる企業同士が手を組んで、人的な経済圏を形成する。その中で、ある領域の業務において優秀な人、高い専門性を持つ人が自由に動き回り、スキルを積んでいく。限られた1社の狭い枠の中に囲ってしまうより、当人にとっても企業にとっても、地域経済にとっても、いい価値が提供できるようになるのではないでしょうか。 - 佐々木
- 確かに、企業が労働者に永遠の忠誠を求めるような、そういう時代ではもうないと思います。企業へのロイヤルティーに依拠しなくても仕事を任せられる人がいる。そういった人々を都合よく利用するのではなく、責任を持って見守る企業の連携がある。そんな仕組みを作っていきたいですね。そのためにクリアすべきことはたくさんありそうですが、そんな未来を創っていくため、ぜひご協力お願いします。
- 林
- 四国にとって重要な時期に、チャレンジできる機会をいただけてありがたいです。ぜひ一緒に一つずつ課題をクリアして、流れを作っていきましょう。
林 忠正
サイボウズ(株)取締役、(株)リージェント顧問
2003年、大阪大学大学院を修了。以降、(株)UFJ銀行、(株)リクルート、大阪大学特任准教授を経て、2013年、サイボウズ(株)に入社。2016年より執行役員に就任し、経営企画室を立ち上げる。並行して、組織マネジメントに関するコンサルティング事業の立ち上げ責任者や、財務経理の責任者を兼任。2021年より取締役。サイボウズ入社後に副業として経営コンサルティング事業を展開し、四国本社の企業を始め複数の企業の経営・事業アドバイスを実施。2021年4月より(株)リージェント顧問に就任。
佐々木 一弥
(株)リージェント 代表取締役社長
香川県さぬき市出身。大学卒業後、2007年に株式会社リクルートに入社。求人広告の企画営業職として、香川・愛媛にて、四国に根差した企業の採用活動の支援を中心に、新拠点や新サービスの立ち上げも経験。2010年に販促リサーチを行うベンチャー企業の創業メンバーとして参画。創業の苦労と挫折を経験。2012年、株式会社リージェントの創業メンバーとして入社。2019年より代表取締役社長に就任。子どもと焚き火をするのが至福の時間とのこと。