INTERVIEW2024.8.7

AIサービスの正確性・実用化を支える、独自の自然言語処理技術。ー(株)言語理解研究所・樫地真確氏ー

INTERVIEW2024.8.7

AIサービスの正確性・実用化を支える、独自の自然言語処理技術。ー(株)言語理解研究所・樫地真確氏ー

活性化するAIサービス市場。中でも「自然言語処理(NLP:Natural Language Processing)」と呼ばれる領域は飛躍的な成長を遂げており、対話システム、コンテンツ生成、機械翻訳など、さまざまな用途での活用が期待されています。そうした市場において、独自性のある自然言語処理技術を提供しているのが、(株)言語理解研究所です。徳島大学名誉教授青江順一氏の研究をベースにスタートした大学発ベンチャーであり、40年積み重ねてきた大規模知識データベースと言語理解エンジンを保有。これらをクライアントの要望に応じてカスタマイズすることで、最先端のサービス開発を支援しています。2020年、同社を青江氏から引き継いだのが、青江氏と共に長年にわたり自然言語処理の研究、開発を進めてきた樫地氏です。生まれも育ちも徳島という樫地氏に、四国ならではの働く価値についてお聞きしました。

お客様に寄り添うソリューションを提供


吉津
最初に、樫地社長のプロフィールについてお聞かせください。
樫地
生まれも育ちもずっと徳島です。高校卒業後は、地元の徳島大学工学部(現:理工学部)の情報系学科へ進学しました。大学院では自然言語処理の研究に携わり、そのまま当社の創業メンバーになりました。
吉津
大学進学にあたり、情報系学科を選んだのはなぜですか?
樫地
子どもの頃はゲームが好きで、特にRPGにはまっていました。それがきっかけで情報系に興味を持ちました。ただ、大学に入学してみると、ゲームは情報系のほんの一部に過ぎず、様々な分野が存在することに気付きました。そのため、学びながら自分に合った道を探そうと考えました。
吉津
大学の日々の学びを通じて、自然言語処理に巡り会ったわけですね。
樫地
4年次の配属先として自然言語処理を研究していた青江研究室を選んだのは、青江先生の授業が面白く、人柄が朗らかだったからです。研究内容よりも教授の人物本位での選択でした。
博士前期課程への進学は、就職氷河期だったという事情もありますが、同級生の多くが大学院を志望しており、そういうものだと思い進学しました。結局、博士後期課程まで進み、本格的に自然言語処理の研究に取り組みました。
吉津
言語理解研究所(ILU:Institute of Language Understanding)の設立はいつ頃のことですか?
樫地
ILUを立ち上げたのが2002年です。その前年、私が修士に上がって間もない頃に、「一緒にやらないか」と先生に声をかけられました。今と違って、まだ「ベンチャー」という言葉も珍しく、「大学発ベンチャーとは何だろう?」といろいろ調べました。詳しくはわかりませんでしたが、一般の企業とは違う、面白い体験ができるのではないかと思い、先生の誘いを受けることにしました。
スタート時は、青江先生と私の二人だけでした。そこから、まずは知名度が高い徳島大学で「研究補助員」を募集したり、研究室出身の方に声をかけたりしてメンバーを増やしました。その後、ILUの事業が徐々に拡大するにつれ、直接ILUでも採用するようになり今に至ります。他社と比べて、当社の社員に研究畑出身者が多いのは、そうした事情によるものです。


吉津
今でこそ大学発ベンチャーは各地に誕生していますが、当時は先駆け的な存在だったのではないですか?
樫地
かなり早い方だと思います。創業して20年も経つので、ILUをいまだに「ベンチャー」と呼ぶのは適切ではないかな(笑)、という気もしますが、当時は間違いなく先駆者でした。
ただ、やっている私たちにそれほど特別な意識があったわけではありません。研究として向き合っていることが、そのまま事業につながっていましたから。もちろん仕事なので、顧客の要望に応える責任があるし、品質にもこだわらないといけません。そういった研究と仕事の違いを意識できるようになったのは、実際にビジネスの場に身を置いて様々な経験を積んでからです。
吉津
大学発ベンチャーとして産声をあげながら、思うように事業が進まない会社も珍しくありません。そんな中、ILUが20年も続けてこられた要因は何だと思いますか?
樫地
大学発ベンチャーの難しいところは、研究をどう実用に結びつけるか、という点です。研究のネタが次々に出てくるわけではないので、一点集中でやり続けるしかない。その研究が時流に合うか、ということも大きいと思います。
当社がここまで来られたのは、お客様の要望にずっと寄り添ってきたからではないでしょうか。私たちは、自然言語処理という技術をベースに、テキストマイニングや文章自動生成・要約という分野で悩みを抱えるお客様の声にどうすれば応えることができるかをずっと考えてきました。地道で着実な姿勢が少しずつ信頼を生み、20年の歴史につながったのではないかと感じています。

大規模言語モデルの弱点を補完する存在


吉津
「時流」という観点で言うと、OpenAI社がChatGPTをリリースしました。それ以降、生成AIの一種である大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)の領域に注目が集まっています。複数の企業が、LLMを活用した新たなサービスを開発して市場に投入していますが、このような状況はILUにとってプラスなのでしょうか。
樫地
プラス・マイナスの両面があると思います。
マイナス面で言うと、LLMに注目が集まってブームになれば、当然のことながら市場参入者が増えます。そうした企業が、ILUの競合になるかもしれません。自然言語処理は一般に馴染みの薄い分野であり、当社と他社の技術のどこに違いがあるか、一見しただけではわからない…というお客様もいらっしゃるでしょう。
しかし私たちは、青江研究室時代から技術を積み重ねて40年になります。2022年11月にChatGPTが登場して以後に参入してきた企業が容易に真似できるようなものではないのです。大手のITベンダーなどであれば事業が多少被ることもありますが、純粋に競合と呼べる企業はそれほど多くありません。
吉津
プラス面はどのあたりでしょうか。
樫地
多くの企業がLLMに注目すればするほど、当社の存在意義が増す、ということですね。
現在のLLMには、なお課題が残されています。その一つが「ハルシネーション」、すなわち、誤った情報を本当であるかのように回答する、という点です。もう一つ、同じ質問をしても回答がその度に食い違う「冪等性(べきとうせい)」という問題もあります。LLMには多くの企業が参入し技術開発を行っていますが、「ハルシネーション」や「冪等性」を完全に克服するのは簡単ではないでしょう。ちょっとした社内文書作成なら便利に使えますが、専門的な知識が必要な分野でのサービス展開には時間がかかりそうです。
当社の技術は、こうしたLLMの抱える欠点を補完する存在になるかもしれません。ILUはこれまで、自然言語処理のための膨大な知識を格納したデータベースを構築してきました。このデータベースと独自の言語理解エンジンを組み合わせ、お客様の目的に応じてカスタマイズしたシステムを提供しています。単にLLMに頼るだけではなく、人間の知識を基にしたILU独自のAI技術をLLMと最適な形で組み合わせているため、情報の精度や正確性が高いのです。特にLLMが苦手とする専門知識の必要な領域や先行事例の少ない領域で、当社のシステムが力を発揮します。
吉津
LLMが注目を集める中、自社のサービスにも活用できるのではないかと期待する企業が増加しました。しかし、ハルシネーションや冪等性の壁があり、正確性を求められる分野で使うにはなお課題がある。そんな中、ILUが精度の高い自然言語処理技術を提供できるとなると、様々な企業からの依頼が増えていきそうですね。確かに、LLMの隆盛は、ILUにとって追い風になるというわけですね。業績の目標などはどう設定されていますか?


樫地
おかげ様で昨年よりも多くの引き合いをいただいており、業績は上向いてきています。ただ、高い目標や急激な成長は志向しておらず、地道でも着実に伸ばす道を選びたいと思います。お客様の悩みに寄り添い、それに応えるシステムを構築することが私たちの事業のコアです。その姿勢は大事にしたいと思います。

2023年、Sansanグループに参画


吉津
2023年には、Sansan(株)の連結子会社となられました。同社は、名刺管理サービスなどに代表される「働き方を変えるDXサービス」を提供している企業です。これに関してはどういった背景があったのでしょうか。
樫地
直接のきっかけは創業者で先代社長、私にとっては先生でもある青江順一氏の退任でした。青江先生は20年間育ててきた会社を、ILUのことをきちんと理解できている人に受け継いでもらいたいという思いを持っていました。また、持続的な成長が望める環境にしたいとも考えていました。そこで代表取締役を私が引き継ぎ、事業発展のためSansanグループの一員となる道を選んだのです。
吉津
Sansanグループに入り、風土の違いなどは感じますか。
樫地
グロースマインドセットの強い会社だと感じています。社員全員の成長志向がすごい。新しいことにもどんどんチャレンジしており、行動を起こすスピードも段違いです。このような志向は従来のILUにはないもので、良い刺激を受けています。参考になる部分を自分たちなりに消化し、私たちも良い方向に進んでいきたいと考えています。
吉津
今後はSansan社との協業なども増えるのでしょうか。
樫地
すでに具体的な成果も出ていて、Sansan社が提供する契約データベース「Contract One」には私たちの技術が活用されていますし、これからも様々な形でコラボが始まるでしょう。Sansan社は徳島にラボを持っているので、そのラボでエンジニア同士が意見交換し、力を合わせて一つのシステムを開発する、ということはあり得ます。また、Sansan社のR&Dチームとの交流も緊密になっていくでしょう。私たちが東京に出向いて一緒に仕事をする機会も増えるかもしれません。
吉津
東京に本社を置き、最先端のDX分野で事業を展開する企業とコラボの機会がある、というのは、ILUが新たな人材を採用する上でも強みになるかもしれませんね。
樫地
徳島にいながらでも最先端の技術に携わることができる。この点を魅力に感じるエンジニアは多いと思います。最先端の現場で働くエンジニアとの技術交流は貴重な経験になりますし、人材育成という観点でもSansan社との関係性を活かしていきたいと思います。

最先端技術に触れながら、ローカルの暮らしが満喫できる


吉津
私たちは「四国ならではの働く価値を創造する」をミッションに四国エリアで活動をしています。UIターン志向の方々に四国に戻ってきていただき、四国エリアの活性化につなげたいと考えています。樫地さんにとって、四国ならではの働く価値についてはどのようにお考えでしょうか。
樫地
私自身は県外で暮らしたことがありませんが、知人などにいろいろ話を聞くにつけ、やはり徳島の暮らしはいいなあと実感します。物価も家賃も安いし、通勤の苦労も少ない。山も川も海もあって自然が豊かで、キャンプもできればサーフィンもできる。
自然だけかというとそうでもなくて、徳島の神山には「神山バレー」というサテライトオフィスもあり、Sansan社だけでなく第一線で活躍するIT企業がラボを置いています。徳島でも最先端の技術に触れる機会は少なくないので、面白い仕事体験ができるのではないでしょうか。
吉津
これまでILUは、どのような形で人材採用を行ってきたのですか?
樫地
リファラル採用が中心で、研究室関係者や社員のつながりで声をかけることが多く、大々的な採用募集はやっていませんでした。
しかし、新しい空気を外から運んでくれる人材の採用も大事だと考えています。研究者とは異なる視点を持つ人が加わることで、刺激し合えることもあるでしょう。LLMブームという追い風の中にあり、Sansanグループの一員となって環境も変化しました。この機会に私たちも事業の着実な発展を目指しており、そのためには新しい人材が欠かせないと考えています。


吉津
ILUに興味を持った人に、メッセージをお願いします。
樫地
自然言語処理で地道に40年間、研究を積み重ねてきました。流行りのLLMとは一線を画し、LLMの弱点や苦手とする領域をカバーできる将来性の大きな技術を保有しています。Sansanグループにジョインしたことで可能性はさらに広がりました。上場企業のスピード感を肌で感じることもでき、最先端のDX開発を体験するチャンスもあります。
最先端に触れながらも、豊かな自然に囲まれたローカルの暮らしが満喫できる。お客様の要望に寄り添い、その実現のために力を発揮できる。そんな仕事・ライフスタイルを望む人には、やりがいの持てる環境ではないでしょうか。
吉津
市場の拡大する自然言語処理の分野において、ILUが今後どんな独自性を発揮するのが、とても楽しみです。今日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。


樫地 真確

(株)言語理解研究所 代表取締役社長

1978年生まれ。1997年、徳島大学工学部(現・理工学部)に入学。4年次に青江順一教授の研究室を選択したことがきっかけで、自然言語処理の研究に携わる。2001年、大学院に進学した頃に、青江教授より「大学発ベンチャーを立ち上げるので、一緒にやらないか」と声をかけられ、大学院在籍のまま、青江氏と共に2002年に(株)言語理解研究所を設立する。修士・博士まで進みながら同社の業務を継続し、修了後も自然言語処理に一貫した研究、開発を深める。2020年、創業者の青江氏が代表取締役会長への就任とともに、代表取締役社長に就任する。

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